森喜朗名誉会長について

元首相であり、文教族であり、現公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長の森喜朗氏が女性に対する差別発言をした件で批判を受けています。さらに翌日開いた謝罪会見では記者の追求に逆切れし、その夜に出演したニュース番組では、間違ったことは言っていないがオリンピックも近づいている時期も時期だけに謝った旨を語っています。

ご自身が何をして、何を批判され、何を謝罪したのかについて理解することが難しいのでしょうか。

この森氏は、日本臨床心理士資格認定協会の名誉会長に就いています。会長に就任したのは2007年ごろ、名誉会長に就いたのは2018年だったと思います。

ご存知のように臨床心理士は、国家資格としての公認心理師ができるまでの間、民間資格ではありながら心理的援助を代表する資格として認知されてきました。いつかは国家資格を、という悲願のもと活動していた心理職の集団にとって、動き始めた国家資格化は何としても成功させたいものでした。心理の専門性、複数の民間資格の存在、医師との関係など多くの課題が立ちはだかり、森氏が会長に就任したのは、その指導力と影響力をあてにしてのことだと言われていました。

その後、国家資格としての公認心理師が法制化され、森氏は上記の通り名誉会長へと移ったわけですが、その森氏から、一昨日、日本オリンピック委員会の臨時評議員会という公式の会合の場で、報道陣にも公開されているところで、名誉委員として、女性に対する差別発言が為されたのです。

(会議がオンラインで報道陣に公開されており)テレビがあるからやりにくいが、女性理事4割は、これは文科省がうるさくいうんでね(※スポーツ庁が示した競技団体が守るべき指針のガバナンスコードでは、女性理事40%以上が目標)。女性がたくさん入っている理事会が時間がかかります。(日本)ラグビー協会は(会議が)今までの倍、時間がかかる。女性が10人くらいいるのか、今は5人か。女性は優れており、競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言われると、自分も言わないといけないと思うんでしょうね。それでみんな発言される。

 あまり言うと新聞に漏れると大変だな。また悪口を言ったと言われる。女性を増やしていく場合は、「発言の時間をある程度、規制を促しておかないと、なかなか終わらないので困る」と言っておられた。誰が言ったかは言わないけど。私どもの組織委にも女性は何人いる? 7人くらいかな。みんなわきまえておられる。みんな競技団体からのご出身、また国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。お話もきちっと的を射ており、欠員があればすぐ女性を選ぼうとなる。

毎日新聞 森喜朗氏「文科省がうるさくいうんでね」 JOC評議員会での女性理事についての発言

そして翌日、謝罪会見が行われました。型通りの謝罪はしたものの、ふてくされ、記者に突っかかるような態度に終始した会見でした。

Q わきまえるという発言(「組織委の女性理事はみんなわきまえておられて」と発言)は、女性は発言を控えるべきという趣旨か

「そういうことでもありません。場所だとか時間だとかテーマだとか。そういうものに合わせて話すことが大事なんじゃないですか。そうしないと会議は前に進まない」
「(女性と限る必要は)だから私も含めてっていってるじゃないですか。(追加質問中に)面白おかしくしたいから聞いているんだろう。さっきから話している通りです」

Q データや根拠がないのでは

「さあ、僕はそういうことをいう人がどういう根拠でおっしゃったはわかりませんけど、女性の理事を選んで、結果としていろいろなことがあったという話を聞いたことがあったので、山下さんにこれから苦労されますよと申し上げたんです」

BuzzFeed 「面白おかしくしたいんだろう」森喜朗氏、謝罪会見で“逆ギレ”【質疑応答全文】

その日の夜にはニュース番組に出演し、悪気なく、謝罪が形式的なものであることを告白しています。

出演の前には発言を撤回し謝罪をした森会長だったが、「女性蔑視の意図で申し上げたわけではない。ただ、これが(世界に発信され)国際関係にまで発展すると撤回した方がいい。話題がそちらに行くのはよろしくないと思った。話が大きく取り上げられるのは本意ではない」と語った。

スポーツ報知 森喜朗会長がテレビ生出演で問題発言を説明「女性蔑視の意図で申し上げたわけではない」

さらに、これについても「根拠なく言っているのではない」とし「私もスポーツ関係の団体たくさん知ってますんで。皆さん、そういうことを話してると伺ってたから、『女性の人が増えると長くなるそうですよ』ということを山下さんに、ご注意申し上げた」とした。

東スポ 森喜朗会長「撤回したほうが早い」「外国行って説明するわけにいかない」 BS番組で会見趣旨語る

差別発言は、その意図が問われるものではありません。むしろ差別はしばしば構造的で、自覚なしに維持、増強されてしまいます。その意図はなくとも、容易に差別に加担できます。だからこそ意図的に、差別を助長する発言や行動は控えるべきであり、それに気付いた時には改めるべきものなのです。「そのような意図ではない、だけど国際関係にまで発展するなら撤回する」というのでは、問題視されるから撤回しただけであって、その発言が差別であるから撤回したわけではないことが明らかです。そのうえ、この発言には根拠があると思っているわけで、差別であることを明確に否認しています。何重にも問題です。

このような方が日本臨床心理士資格認定協会の名誉会長であるのです。

私は臨床心理士資格保持者として、森喜朗氏が日本臨床心理士資格認定協会の名誉会長であることに抗議します。

私たちの専門性は、心理学的な問題を抱えている人のために使われます。人が抱える心理学的問題を、その専門性を通じて和らげ、解決し、そのための手助けとなることが目指しています。私たちが出会う人たちの多くに、心の傷と呼ぶことのできる痛手があることを、私はその専門知識と経験とを通して知っています。身近な人から、遠い他者から、投げてよこされた言葉や行動、表情、集団の圧力、えもいわれぬ空気や雰囲気、これと言って指し示すことの難しい何かによって追いつめられ、苦しみ、悲しみに打ちひしがれた人たちがいることを知っています。

差別発言とは、こうした人たちを助けようとする行為の対局にある言動です。

それは一般にマイノリティとして名指されうる人たちを嘲笑し、価値下げし、排除し、隔絶するような態度です。集団において強い立場にある人から弱い立場にある人へと向けられた、構造的な暴力です。

臨床心理士の仕事は正しい人間をつくることではありません。清く美しい心の持ち主を作ることでもありません。人間の総体が素晴らしいものであるとしても、個々の人間の人生は時に残酷で、いやらしく、醜く、品のないものです。それはそれで良いと私は思います。私たちはいつも素晴らしい人として生き、存在しているわけではありません。誰の心にも(私の体にも)、愚かさは内在しています。

臨床心理学とはそれを肯定する学問であると私は思っています。それが人間であり、差別的であることも人間の一部です。

けれども、だからこそ私たちはそれを隠して生きるのです。社会は「私」と数多くの「他者」で成り立っています。視野に入らないところにも見知らぬ人はいて、世界はそれだけの広がりを持っています。この社会的空間の中で生きるためには、社会を成り立たせるルールが必要です。その成員が何とか同じ空間で生きていけるだけの約束事を必要とします。人類の長い歴史の中で、社会はそのように発展し、1つの具体物として法律ができました。私たちは私たちの内面を野放図に解き放つ世界を作っては来なかったのです。

殺人が禁止され、残酷さが減ぜられ、権利や尊厳が尊重され、そのように他者を意識して、思いやり、配慮する、そのような方向性を持って社会は構築されてきました。今でもそのように社会は進んでいます。私たちはこれを文化と言い、進歩と呼んできました。

文化とは欲動の断念を意味する、と指摘したのはフロイトです。私たちは裸で街を闊歩しません。服を着て、社会的生き物を生きています。大人になるとはそういうことです。

とりわけ集団を率いる立場にある人には、こうした自己の内面と、あるべき言動とを区分けして、自らの振る舞いを調整することが求められます。それが集団の色合いを決め、集団そのものを破壊から防ぐことになるからです。そのような振る舞いができる人を現代の集団はリーダーとするもので、そこに齟齬がある時には、集団が(時間的に逆向きに)変化するか、リーダーが変わることになります。

苦しみを抱え、生きることの瀬戸際にあるかもしれない人々を支援しようとする心理の専門職の集団の、その指導的立場にある人として(たとえ直接的な指導ではなくとも助言者として)、森氏は適切でしょうか。

私はそうは思いません。

日本臨床心理士資格認定協会の倫理綱領にはこうあります。

前文

臨床心理士は基本的人権を尊重し、専門家としての知識と技能を人々の福祉の増進のために用いるように努めるものである。そのため臨床心 理士はつねに自らの専門的業務が人々の生活に重大な影響を与えるものであるという社会的責任を自覚しておく必要がある。したがって自ら心身を健全に保つように努め、以下の綱領を遵守することとする。

<責任>
第1条 臨床心理士は自らの専門的業務の及ぼす結果に責任をもたなければならない。その業務の遂行に際しては、来談者等の人権尊重を第一義と心 得るとともに、臨床心理士資格を有することにともなう社会的・道義的責任をもつ。

臨床心理士倫理綱領

こうした資格を付与する団体の代表として、その名誉職として、当然森氏には高い倫理的な規範が求められます。臨床心理士ではないから、この綱領の対象ではないという理屈は通用しません。倫理を定める側が、定められる側よりも低い倫理観でいたのでは、その定めは不満や反発を招来し、やがて意味を失うでしょう。

この点で、私は森氏を私たちの資格に関わる代表的立場として受け入れたくはありません。森氏にはその職を退いて欲しいと思います。

実のところ、名誉会長には、解任の規定がありません。

(名誉会長及び顧問)
第 27 条 この法人の重要事項について会長の諮問に応ずるため、任意の機関として若干名の名誉会長及び顧問を委嘱することができる
2 名誉会長の任期は定めないが、顧問の任期は 2 年とする。ただし、再任は妨げない。
3 名誉会長及び顧問は、理事会の決議を経て、会長が委嘱する。
4 名誉会長及び顧問は、無報酬とする。ただし、その職務を執行するために要する費用を弁償することができる。
5 名誉会長及び顧問に関し必要な事項は、理事会の決議により、会長が別に定める。

公益財団法人 日本臨床心理士資格認定協会 定款

やるとすれば第5項で扱われることになるのでしょうか。もしかすると新たな条文が必要になるのかもしれません。それはちょっとした手間で、力のいる作業です。

でも、差別発言の許容される世界を、とりわけ心の問題に関わる団体において、未来に残したくはありません。私は日本臨床心理士資格認定協会理事会に森氏の解任を求めたく思います。

1件のコメント

  1. 朱鷺 湊
    2021年2月6日

    自分も心理の支援職をしていますが、森会長の発言は許せません。

    あれが世界のオリ・パラを開催しようとする日本の代表にいる。

    偏見だらけの無神経な発言は許せません。

    本当に心理士の名誉会長に、飾っておいて…正気でしょうか?

    老害とはこのこと。

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